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2025年12月12日
《宇宙への羅針盤 IHIエアロスペースの25年(2)》経験 打ち上げ失敗教訓に 原因検証を徹底、技術高め信頼性・上毛新聞(2025/12/10)より
IHIエアロスペース(IA)が日本を代表するロケットメーカーに成長する上で大きな転換点となった出来事がある。
2003年11月29日。宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業が主体となって開発し、IAの開発したエンジン「固体ロケットブースター(SRB―A)」を搭載した国産主力大型ロケット「H2A」シリーズ6号機が打ち上げに失敗した。
当時の政府は北朝鮮の核開発や弾道ミサイル発射に対する懸念を強め、米国頼みだった衛星情報を独自で収集する計画を進めた。複数の情報収集衛星による1日1回以上の撮影態勢の整備を急いでおり、6号機が衛星2機を輸送する大役を任されていた。
成功に向けて関係者の期待が膨らむ中、種子島宇宙センター(鹿児島県)から打ち上げられた6号機は上空でSRB―Aが分離できず、機体を遠隔で破壊する飛行中断措置を取った。安全保障のための重要衛星を国の基幹ロケットで打ち上げられず、日本の宇宙開発の根幹が大きく揺らいだ。
翌日の新聞各紙に踊ったのは、大きく「失敗」の2文字。小泉純一郎首相(当時)の「誠に残念だ」とのコメントも載った。
打ち上げ失敗の直後から原因究明の作業が始まった。数々のデータや映像から原因を推測し、何度も検証を繰り返す日々が続いた。連日のように会議が入り、気力、体力ともに限界を超える者も出てきた。
当時を知るベテラン社員は「あの時ほど追い詰められたことはない」と苦い表情を浮かべる。04年7月7日に実施した地上燃焼試験で、SRB―Aのノズル周辺のガス漏れが特定されるまでこの状況が続いた。
ただ、決して無駄な経験ではなかった。打ち上げ失敗を教訓に技術力の向上と信頼性確保の取り組みが一層強化され、ロケット事業の成長につながった。固体ロケットブースターで使用していた「炭素繊維強化プラスチック(CFRP)」の航空事業への技術転用なども進み、14年度に本格化した同事業は、「宇宙事業」「防衛事業」に並ぶ3本柱の一つに成長。24年度の三つの事業全体の売上高は約660億円(14年度比約1・3倍)に上った。
技術者として、IA設立時からの歩みを知る並木文春社長は「失敗しないに越したことはないが、成功より失敗から得られる知見の方がはるかに多い。(失敗の原因を探る)検証をめげずに繰り返すことで、高い信頼性を確保できるようになった」と確信する。
IAは6号機以降も固体ロケットブースターを担当したが、全ての打ち上げを成功させた。「H2A」シリーズは50号機まで続くベストセラーとなった。
